06 ― 2017年03月06日
マレーシアと北朝鮮が外交で決裂したようだが
これについて「マレーシア頑張れ」と言ってる人達を見るけど
一体何を頑張れと言うのだろう?
そもそも、北朝鮮と友好していた時点で「ハァ?」だった訳だし
これを人間関係に例えたら、周囲から「あの人は危険だよ」と
注意されていたのに「ンな訳ないジャン」と仲良く交流してたら
本当に酷い目に遭わされた人を「それ見た事か」とは思うけど
これについて「マレーシア頑張れ」と言ってる人達を見るけど
一体何を頑張れと言うのだろう?
そもそも、北朝鮮と友好していた時点で「ハァ?」だった訳だし
これを人間関係に例えたら、周囲から「あの人は危険だよ」と
注意されていたのに「ンな訳ないジャン」と仲良く交流してたら
本当に酷い目に遭わされた人を「それ見た事か」とは思うけど
可哀相だが自業自得と同情する気にはなれんだろう…
つまりはマレーシアに先見や人を見る目が無かったからで
頑張れもクソもないような気が自分はするけどね~
つまりはマレーシアに先見や人を見る目が無かったからで
頑張れもクソもないような気が自分はするけどね~
まぁコッチは北がヤケクソになって核を撃たない事を祈るよ
07 ― 2017年03月07日
先日のレビューについて、追記って訳じゃないけど…
密林で某ゲームのレビュー見てたら、べた褒めが多かった
で、その人たちは他にはどんなレビューしているのかと見てみると
なぜかこのゲームが初レビューの人が多かったり
このメーカーのゲームは絶賛、他ハードだとボロクソ書いたりしてた
まぁ、そう言う事に関してはあまり触れない様にして
すっごく今更な話なんだけど…
結局はこのゲームをやりたい人がソフトを買う訳で
そうなれば良い事を書くのは、至極当然なんだよな
「このゲームに興味がない」とか「大嫌いだ」と言う人が
わざわざ貶す為にソフトを買う訳ないんだし、褒めるのは当たり前
密林で某ゲームのレビュー見てたら、べた褒めが多かった
で、その人たちは他にはどんなレビューしているのかと見てみると
なぜかこのゲームが初レビューの人が多かったり
このメーカーのゲームは絶賛、他ハードだとボロクソ書いたりしてた
まぁ、そう言う事に関してはあまり触れない様にして
すっごく今更な話なんだけど…
結局はこのゲームをやりたい人がソフトを買う訳で
そうなれば良い事を書くのは、至極当然なんだよな
「このゲームに興味がない」とか「大嫌いだ」と言う人が
わざわざ貶す為にソフトを買う訳ないんだし、褒めるのは当たり前
しかも多少は贔屓目で見たりするから、そりゃ甘い評価になるよね
それを参考にして「高評価だ」と言ってしまうのは、かなり危険だ
それを参考にして「高評価だ」と言ってしまうのは、かなり危険だ
だからこそ、期待して買ったけど自分にはクソゲーだったと言ってる
意見も参考にすべきなんだけど、コレがまたネガキャンで
買ってもないのにボロクソ叩く人も居るから、判断が難しい
もはや密林のレビューも、話半分程度のファンタジーフィクション
ドラマチックスーパーエクストリームレビューになっちゃったねw
08 ― 2017年03月08日
知り合いに、30代で個人レストランをオープンした奴が居る
それだけ聞くと「大したモンだ」と思うだろうが、実はそうでもない
なぜなら、奴の親は金持ちの医者であり
店をオープン費用は親に相当(恐らくほぼ)工面して貰ったからだ
つまり、自分の力で開店にこぎつけた訳ではない
奴は高校時代荒れていた
親が医者にしようと課したスパルタ教育にドロップアウト
高校を中退して家を飛び出し、色々な職を転々としたようだ
その後料理人に落ち着いたが、わずか3年の修行で
自分の店を出したいと親に泣きついたのが真相らしい
しかも、自身の肩書では中退した高校を卒業となっていた
やはり店の主オーナーシェフが中卒ではバツが悪かったのだろう
まぁ、何を言いたいのかといえば金持ちの親を持つ者は
ズルくてうらめし・・・いや羨ましいって話
これをゲームで例えたら、初期装備は威力の弱いピストルしか
装備していない一般プレーヤーに対して、最初から強力な
マグナム、しかも弾は∞に持ってスタート出来るって訳だ
ホント世の中は格さん社会だな、助さんはどこに行った?

09 ― 2017年03月09日
自分は「ゼルダの伝説シリーズ」をプレイした事が1度もない
ゼルダの伝説と言うのは、有名な話だろうけど
第1作目がファミコンのディスクシステム用ソフトだった
都会ではどうだったか知らないが、この田舎町では
ディスクシステムを所有している子供は極端に少なく
(クラスに1人居るか居ないかぐらいだった)
自分も当然欲しかったけど、そもそもファミコン自体が
当時子供の玩具としては高額の定価14,800円もして
(ゲーム機としては安かったらしいけど…)
挙句は抱き合わせ商法でクズソフト5本とセットで5万円とか
あくどい販売が公然と横行していたような状態で
貧乏な我が家では、まずファミコンを買ってもらうハードルを
クリアする事が大変で、その上に15,000円もするディスクシステムまで
買ってくれなどと言う事はまず不可能だった
なので、ディスクシステムを持っている奴からは
それはそれは鼻高々に自慢されて、本当に悔しく羨ましかった
ただ非常に故障する確率が高かったらしくて、持ってた奴の
ほとんどが1度は修理に出したと言っていたな…
とにかくディスクシステムと言うのは、当時貧乏家庭の子供だった
自分には遥か雲の上の存在だった訳で、ディスクシステムで
ゼルダの伝説と言うのは、有名な話だろうけど
第1作目がファミコンのディスクシステム用ソフトだった
都会ではどうだったか知らないが、この田舎町では
ディスクシステムを所有している子供は極端に少なく
(クラスに1人居るか居ないかぐらいだった)
自分も当然欲しかったけど、そもそもファミコン自体が
当時子供の玩具としては高額の定価14,800円もして
(ゲーム機としては安かったらしいけど…)
挙句は抱き合わせ商法でクズソフト5本とセットで5万円とか
あくどい販売が公然と横行していたような状態で
貧乏な我が家では、まずファミコンを買ってもらうハードルを
クリアする事が大変で、その上に15,000円もするディスクシステムまで
買ってくれなどと言う事はまず不可能だった
なので、ディスクシステムを持っている奴からは
それはそれは鼻高々に自慢されて、本当に悔しく羨ましかった
ただ非常に故障する確率が高かったらしくて、持ってた奴の
ほとんどが1度は修理に出したと言っていたな…
とにかくディスクシステムと言うのは、当時貧乏家庭の子供だった
自分には遥か雲の上の存在だった訳で、ディスクシステムで
販売されるゲームもどうせ遊べないから関係ない商品で
ゼルダの伝説も完全にアウトオブ眼中だったのだ
ゼルダの伝説も完全にアウトオブ眼中だったのだ
プレイ出来ないゲームの情報を知っても意味ないし虚しいもん…
そもそも当時は誕生日とかクリスマスにソフトを1本買って貰ったら
それを1年以上繰り返し遊び続けるとかが普通だったからなぁ~
(それか友達と貸し借りする、これが重要だったw)
だから同じディスクシステム用ソフトだった
だから同じディスクシステム用ソフトだった
スーパーマリオブラザーズ2だって、スーパーファミコンの
スーパーマリオコレクションが発売されてやっと遊べたぐらいだからね
スーファミになってからゼルダも発売されたけど
すでに3作目で、やはりプレイするなら1作目からやりたかったし
その頃はドラクエとか別のRPGで十分楽しめていたから
今更世界観も何も知らないゼルダをやる気にはならなかった
(考えたらコレと同じ理由でメトロイドシリーズも未プレイだわ)
まぁね、プレイして見れば面白いのだろうとは思うけど
やはり1作目の敷居がやたらと高かった苦い経験があるし
まぁね、プレイして見れば面白いのだろうとは思うけど
やはり1作目の敷居がやたらと高かった苦い経験があるし
他にやりたいゲームもたくさんあるから、どうしても敬遠しちゃうのだw
10 ― 2017年03月10日
先日、ネットで某作品の感想スレを見ていたら
自分が感じたのと違う感覚の書き込みが多くで
「えっ?う~んそうなのかぁ?」などと思ったが…
まぁ、人がどう思い感じるかは自由だから別に良いんだけど
例えば、誰かの「これはこうあるべきだよな~」見たいな発言に対しては
「そうそう」とか「それそれ」見たいな同意の反応ばかり返って来るが
それに対して「自分はこう思う」と独自の意見を書き込んだ人には
「あ~、コイツわかってないな~」と他人数が真っ向否定してた
要は「オレたち同じ意見で足並みを揃えているのだから
余計な意見をする奴は許さない」見たいな雰囲気だったね
で、思った訳だけど…
例えばある作品を100人が視聴したとして、その内20人だけが
ネットに感想を書き込んで、それらがお互いに近い意見だった場合
この20人は「やはり皆の感想は同じだから、この作品はこうなんだ」と
思い込むだろうけど、ネットに書き込まなかった80人はまったく逆の
違う感想を持って、製作側もそちらと同じ意図で作品を作ってるとしたら
その20人はむしろ見当違いの解釈をしている事になる訳で…
つまりは、ネットに多数の同意見があったとしても
広い社会から全体的に見たら、それが絶対に正しい訳ではないし
自分が感じたのと違う感覚の書き込みが多くで
「えっ?う~んそうなのかぁ?」などと思ったが…
まぁ、人がどう思い感じるかは自由だから別に良いんだけど
例えば、誰かの「これはこうあるべきだよな~」見たいな発言に対しては
「そうそう」とか「それそれ」見たいな同意の反応ばかり返って来るが
それに対して「自分はこう思う」と独自の意見を書き込んだ人には
「あ~、コイツわかってないな~」と他人数が真っ向否定してた
要は「オレたち同じ意見で足並みを揃えているのだから
余計な意見をする奴は許さない」見たいな雰囲気だったね
で、思った訳だけど…
例えばある作品を100人が視聴したとして、その内20人だけが
ネットに感想を書き込んで、それらがお互いに近い意見だった場合
この20人は「やはり皆の感想は同じだから、この作品はこうなんだ」と
思い込むだろうけど、ネットに書き込まなかった80人はまったく逆の
違う感想を持って、製作側もそちらと同じ意図で作品を作ってるとしたら
その20人はむしろ見当違いの解釈をしている事になる訳で…
つまりは、ネットに多数の同意見があったとしても
広い社会から全体的に見たら、それが絶対に正しい訳ではないし
自分が原作者でもない限りは、その作品の本当の意味なんて
完璧に理解出来るハズは無いのだから
他人に「わかってない」とか言う方がそもそも御門違いのような?
別にそう思う事は自由だけど、他人に指摘する事じゃないね
むしろ好きな者同士が互いアマ~い擁護をしあう事で
むしろ好きな者同士が互いアマ~い擁護をしあう事で
逆に物語の確信や本質を見失う事もあるんじゃないのかな~
などと思った訳だw
今やもう「ネットは真実」「ネットの意見が社会の総意」「ネットは絶対」
見たいな感じになっちゃってるからね~
視野が固定観念になってても、つい気が付かない事も多いのでは?
見たいな感じになっちゃってるからね~
視野が固定観念になってても、つい気が付かない事も多いのでは?
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